写真のことば

写真のことば

ある一冊のアルバムを求めて

文:藤本智士
写真:船寄  剛

著名な写真批評家、飯沢耕太郎による名著『日本写真史を歩く』。その巻頭グラビアの端っこに、名刺くらいの大きさで載っていた、とあるアルバムの写真。とても小さなそのカットに、究極のアルバムを見た気がしたぼくは、いつかこのアルバムの現物を見なければ、とずっと思い続けていました。戦後の食糧難の時代、5年2ヶ月の短い生涯を生きた「ヨッチャン」という一人の男の子。そしてその父は戦時中、朝日新聞の花形報道カメラマンとして活躍し、記録写真の鬼と言われた影山光洋、その人でした。三男ヨッチャン(賀彦)の死後に彼が綴ったこのアルバム『芋っ子ヨッチャンの一生 五年二ヶ月涙の記録』は、数々の名作をのこした彼の一番の傑作とも言われています。ぼくはこのアルバムを求め、今は亡き影山光洋氏の次男、智洋さんが住む神奈川県藤沢市へと向かいました。


  優しい笑顔で迎えてくれた智洋さんは、まさにあのヨッチャンのお兄さんであり、何よりお父さんの影山光洋氏にそっくりだと、ぼくは思いました。ゆえに、智洋さんの優しい語りを聞く度に、お父さんの光洋氏もこんな風に優しい人だったに違いないと、そう確信します。

  1930年、写真を学んだ東京工芸高等学校の卒業とともに朝日新聞社に入社し、報道カメラマンとしての道をスタートさせた智洋さんの父、影山光洋氏。1936年の「二・二六事件」ではマフラーでライカを隠し、反乱軍の写真を隠し撮りするなど、報道写真家として数々の事件に立合います。そして終戦を迎えた翌日、朝日新聞を退社。一家全員で神奈川県の藤沢市に住まいを移します。ヨッチャンこと三男、賀彦さんが生まれたのは、そんな藤沢市での生活をスタートさせてからのことでした。戦後のひどい食糧難の時代、決して豊かではないけれど愛に溢れた影山家の姿が、アルバム『芋っ子ヨッチャンの一生』には克明にのこっています。

  実はこの『芋っ子ヨッチャンの一生』は、智洋さんの手によって、1995年新潮社より写真集として出版されています。「生前、母はこのアルバムをたった一度だけ見たきりで、再び開くことはなかったんです。『本にしないでほしい』なんて言ったことは一回もありませんでしたけど、やっぱり母の気持ちを考えると……だから父も母も亡くなった後、戦後50年という節目も手伝って、私が出版を決めたんです」。しかしながらいまもなお、世界中ではヨッチャンと同じ戦争や飢饉による死が繰り返されています。もはやこの写真集は、影山家の単なる私的な記録ではなく、世界中の人々にとっても大きな感動を覚えるものに違いありません。

  そんな写真集の表紙にもなっている一枚の写真があります。両手で大きなお芋を大事そうに抱えたヨッチャン。家の前庭で一家総動員で育てた、サツマイモ収穫中の一コマです。ヨッチャンの大好物はそのお芋でした。離乳を迎えたときから、ずっと芋で育ってきたヨッチャンは、亡くなる2日前、水も受け付けなかったときでさえ「ヨッチャンは芋っ子だから、オイモ食べる」とサツマイモだけは喜んで食べたほど。1951年4月9日、家族や親戚、知人に見守られながら短い生涯に幕を下ろしたヨッチャン。死因は結核性脳膜炎でした。

  小さな小さな棺桶のなか、まるでお昼寝でもしているかのように、やすらかに眠るヨッチャン。それが「死」を意味するのだということは、眠るヨッチャンの傍で悲しみのあまり顔を歪めるお祖母さんの姿で思い知らされます。この写真を先述の飯沢耕太郎の本で初めて見たぼくは、あまりの衝撃に、このアルバムの作り手の眼差しの奥にある愛と強さと、そして使命感のようなものを感じずにはおれませんでした。

  「こんなのもありますよ」。そういって智洋さんが出してきてくれたのは、影山光洋氏による数々のアルバムでした。横位置の写真がたった一枚だけ貼られた表紙、そしてその中身もすべて写真は一頁一枚のみ。そこに日付がスタンプで押されているだけのシンプルさ。そのセンスの良さに驚く一方で、「芋っ子ヨッチャンの一生」というアルバムの写真の有りようとのギャップに驚きます。いかにあのアルバムが特別かがハッキリとわかった瞬間でした。

  さらに智洋さんは、「父が生前、古本屋などで買い集めたものです」と、いわゆる「横浜写真」と言われる、外国人へのおみやげ用のアルバムを見せてくれました。「こういうのが好きだったんですね、父は」。蒔絵がほどこされた豪華な表紙を開くと、いかにも「日本」を象徴する写真が見事に彩色され、たくさん綴じられていました。「これもまたアルバムなんだ」。そう気付いたぼくは、影山光洋氏が単なる「記録」を越えて、アルバムに何か特別な思いを抱いていた気がしてなりませんでした。

  最後に、影山光洋氏がアルバムのラストに記した言葉をここに書かせていただきます。 『これも父親が生涯の生業とした写真家ならば出来たことで、何ひとつ充分なことをやれぬうちに先だって逝った幼な子に、父親が捧げ得る唯一の貧しい贈り物である』 芋っ子ヨッチャンの一生。このアルバムは、ヨッチャンにとっても、今を生きるぼくたちにとっても、これ以上ないほどに豊かな贈り物だとぼくは思います。


写真コンテスト | 撮影テクニック・レッスン | フォトライフ情報 | 撮影スポット | プリントサービスの紹介 | プリントキャンペーン |
ネットプリント、フォトブックはフジフイルムの写真総合サイト「フォトノマ(Fotonoma)」!

  • サイトのご利用について
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
Copyright©Fujifilm Corporation. All rights reserved.Fujifilm